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ビオトープ通信
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発行/ふるさとハウス・ビオトープ  編集・執筆/丸田真里子

<目 次>

●<世界より私が大事>
簡潔にただ率直に本音を言えば…道浦母都子

●雑感
●西暦2002年も 多くの方々と共に…
●2002ふるさと探検隊 in 小川村
越谷市立富士中学校2年生女子12名とのてんやわんやの3日間
●畑から…厨房から…食卓から…
●トピック・ストピックス・トピックス・トピックス
●リンゴの木のオーナーだより
●収穫の喜び in BIOTOP

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 2003年も5日を過ぎ、ビオトープ通信の作成に取り掛からねばと重い腰をようやく上げた真里子です。パソコンに向かい、さて書き出しはどうしよう、と悩み、思いついたのが道浦さんの短歌でした。この歌は彼女の歌集「夕駅」(1991年から1997年に詠んだ歌をまとめたもの)にあります。「あとがき」には「この六年はソビエト連邦の崩壊、阪神大震災、オウム真理教事件など、世界史的にも、日本にとっても大きな事件や変化があいついで起きた時期でもあった」と彼女は記しています。その後も更に大きな事件があいついで日本でも世界でも起きています。そうした事件をテレビはリアルタイムに映し出し、食事をしながらでも私たちは知ることができます。そうした日常の中で、今、自分には一体何が大事なことなのだろうか、を考えました。
 勿論これからビオトープはどうなるんだろう、どうしようか?はとても大事なことですが、私にとってそれと同じくらい気になっていることがあります。昨年より小川村も仕方なく大きく揺れ動かされている市町村合併問題です。そこで舌足らずながら、私の思いを書いてみようと思います。
 合併問題は都市に暮らす人には「町や村の名前が変わる」「いいじゃない。大きくなるんだから」と位にしか思われていないように感じます。確かに合併をすれば人口は増え面積も広く規模も大きくなります。が、それが果たしていいことなのでしょうか。小さい方が良いこともあります。小さな村ならば住民一人一人の思いを、村政に反映させることはより可能です。行政にもきめ細やかなサービスが望めます。今、小川村の人口は約3500人です。この位の人口なら村長さんに一人一人の顔を覚えてもらい、一戸一戸の暮し振りもわかって、と望めるような気がします。一人一人がかけがえのない存在である実感は小さな村に住んでいてこそ強く感じられると私は思っています。何万人分の一人としてより、3500人分一人としてこの小川村で暮らしていきたい。私と同じように思い願っている村民は多いと思います。が、財政的に…苦しくなるぞぉ…と国に脅かされ、小さな村は大きく揺れに揺れ動かされているのです。
 多くの小さな町村がそういう情況におかれ、苦しんでいるのに地方選出の国会議員は何をしているのでしょうか。合併問題が「我が生まれ育った町や村」の存亡に拘わるほどの大きな問題という認識はないのでしょうか。
 そうならば町や村のこれからのことは、住民たちが自ら取り組み、模索し、考え、自立して行く道を拓り開いていく以外にないもかもしれません。
 道浦さんの歌集「夕駅」にはこんな歌もありました。
<東京>は遠くにありてそれでよしここを動かぬ生き方もある
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<雑 感> 昨年、私が出会った言葉に「スローフード」「スローフード運動」があります。1986年、ファーストフードに対抗する運動としてイタリアで始まったスローフード運動ですが、日本では1997年ごろジャーナリスト島村菜津さんが著書「スローフードな人生」などを通じて紹介しています。一体どのような経緯でスローフード運動ははじまったのでしょう。島村さんのお話を要約して紹介したいと思います。
 「イタリアのフィレンツェ地方には骨付き牛の『ビフテッカ・フィオレンティーナ』という名物伝統料理があります。食材は厳しい規制の下でキチンと飼育された在来種のキアナ牛。それがBSE発生以来、骨付きで売ることが法律で禁止され、そのためひとつの名物料理が姿を消してしまったのです。それに反対して300年も続くお肉屋さんはビフテッカの写真を掲げた大理石のお墓を建てたのです。これは、郷土料理という土地の文化の根を殺したとのメッセージになり、同時に消費者にもマスコミに左右されず、よく考え、選んでほしいとの呼びかけにもなりました」
 このようなきっかけからスローフード運動は、ファーストフードに象徴される効率至上主義の食品産業や食文化に対抗して、その土地とその土地の味や小さな生産者を、そして郷土料理をゆっくり味わう喜びを守る運動として出発したのです。現在、日本を含め約40カ国が参加しているそうです。今やスローフードは食文化だけでなく「生きる姿勢」の運動にも繋がっています。日本でも一昨年来、BSE、遺伝子組換え、不法表示など食の安全に関する多くの問題、事件が起きています。マスコミの報道に踊らされることなく、自分の目で確かめ、良質のものを選び、適量をゆっくり味わい楽しむ暮しをしたいですね。

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 2002年も多くの方に利用していただき、誠にありがとうございました。
 一年分まとめて、この紙面を通して皆さまに心より厚く御礼申し上げます。
 私たちは他所に旅することはなかなかできませんが、全各地からたくさんの方たちに来ていただき、居ながらにして旅をしているのと同じ気分になれるなんて、ちょっとお得でしょ。
 ビオトープの夏の風物詩になっている北海道の武田えいすけいち君と瀬戸口正樹君のコンサート。今年は琵琶法師や、隣村からギター抱えたオジサンや、足でキーボード演奏する風子さんや、村役場職員、など飛び入りが多く、和やかな雰囲気に包まれました。
 またコンサートのほかに「ハリーポッター賢者の石」「千と千尋の神隠し」の映画会も開きました。今年もビオトープのホールを大いに活用してください。
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 小川村と中条村では、9月28日から2泊3日の日程で越谷市立富士中学校2年生の「農業体験教室」が各家庭に分宿して行なわれました。ビオトープの丸田家には12名の女子達がやってきました。おんな3人で姦しい、それがその四倍です、皆さん想像してみてください。

 彼女達はりんごの葉摘み、大豆畑の草取り、味噌の天地がえ、野菜の収穫、うどん作り、近所の酪農家のおかあさんからおやき作りを教えてもらったり、軽トラックの荷台に乗ってのドライブ、闇夜をみんなで散歩したり、体験一つ一つにみんな歓声?いや奇声?いや悲鳴?を挙げ、お別れは「帰りたくない〜」の涙でしたが・・・。

 今年の春には東京昭島市立多摩辺中学校2年生の体験学習が予定されています。

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 2002年のビオトープの畑、厨房、食卓を活気つけてくれたヒット企画は、何といっても大きな大きな「ゴーヤ棚」でした。棚の設置場所は南側の喫茶室の建物の前庭。ここはテラスを造って夏には北アルプスを眺めながら生ビールを…とずーっと思い描いていた場所です。でも只のテラスじゃビオトープとしちゃ面白くない、とオーナー・BENが考えたのが「ゴーヤ棚」でした。思い立ったら実行しないと気がすまないオーナー・BEN。早速、太いアルミ管を何本も用意し組み立て始めました。が、何しろそこは景色を眺める絶好の場所であり、組み立てた太いアルミ管が景色を遮断してしまうことに気づき、考えたのがアルミ管に色を塗ること。緑の木々に合わせて緑色に塗り、天井にはヨシズを張って屋根にしました。苗を定植しツルを巻きつける網を張り、あとはゴーヤの成長を待つのみ。しかし今年は雨が少ない梅雨で思っていたように成長せず、水くれには苦労しました。それでも次第に涼しげな葉っぱが網を覆い、ツルも伸びてくると気になったアルミ管の太さも隠れ、予想以上にそれは素敵な「ゴーヤ棚」になってきました。「何これ?」とお客様にも必ず訊かれ、夏も盛りになる頃には実も着きはじめ、料理共々楽しんでいただける頃になるとゴーヤ棚はビオトープの立派な「名所」と化してきました。陽射し除けになり、薄い緑の葉っぱのそよぎは涼やかで、棚の側に立つと癒される香がし、ヘルシーな料理にもなる。「ゴーヤ棚は一石二鳥どころか、一石四鳥よ」と皆に勧めまくりました。また押花教室の先生をなさっている方はビオトープのゴーヤの葉、花、ツル、実を押花にして作った素敵な額絵をプレゼントしてくださいました。
 さてゴーヤの料理ですが、今年は本場沖縄出身の友人のお姉さんという「強い師匠」を得、レパートリーも増えました。チャンプルの他、酢の物、から揚げ、味噌漬け、ひき肉詰め煮物、尤も評判が良かったのが玉葱と人参と桜海老のかき揚げ。これはゴーヤを食べたことがない人にも、苦手な人にも美味しいと喜ばれました。そして圧巻はゴーヤ棚の下で食べるゴーヤ料理です。最後は「ゴーヤ狩り」も楽しんでいただき、ゴーヤさまさまの夏でした。
 それですっかりゴーヤマンの影に隠れてしまったような感じのズッキーニ様ですが、ビオトープの夏の料理はズッキーニ無しでは考えられません。大きなズッキーニは今年もビオトープの王様でした。りんごが採れる頃になるとゴーヤもズッキーニも終りです。が、ゴーヤ棚は葉が枯れるまでビオトープの「名所」であり続けました。

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 2002年の夏、小川村中が活気付いた。8月24日、25日2日間にわたり、第36回日本実業団サイクル(自転車)ロードレースが小川村で開催されたのである。ビオトープにも東京練馬の「スミタ・ラバネロ・パールイズミ(クラブチーム」チームの選手及びスタッフが宿泊した。レースは500mの高低差の山道を(一周は約16km)、クラスにより2周半、3周半、5周半しタイムを競うものですが、今回の小川村のコースは過去にないほどの難関コースだったらしいです。
 そしてなんとうちに泊まられたラバネロチームは個人でR-1(最高クラス)で優勝、R-3で2位、女子のクラスで3、4、5位という好成績を収められました。その後も練習合宿に利用してくださっています。またチームでりんごのオーナーにもなっています。
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●オーナーの皆様、1年間ご苦労様でした。
 2002年は春から収穫の時期まで天候が不順で、特に収穫時期間近に例年より早い大雪が降るということもあり、ハラハラのし通しでした。収穫されたりんごは如何でしたか。幾人かの方からは「いつものとおり美味しかったよ」とのお返事を戴きましたが。
 さて今回は消毒について少しお話します。りんごを丸かじりしたいけど消毒が心配、と皆さん思われますよね。小川村りんご生産組合では4年前より「フェロモン剤」を使用し、害虫を抑制していますので殺虫剤農薬の散布は30〜50%削減しています。
 「フェロモン剤」とは4種類の害虫のメスの性フェロモンを化学的に合成したもので、30cmほどの針金状のものに巻きつけりんごの枝に縛り付けています。それによりオスのメス探索を攪乱させ生殖を抑制し害虫の幼虫発生を防ぎます。5月中旬頃に一回設置すれば残効は4ヶ月あるので農家にとっても省力化となり、安全でもあるのです。また「フェロモン剤」は水と二酸化炭素に分解されて無害です。消毒をしないで済むに漉したことはありませんが、無農薬栽培ということは不可能です。でも減農薬は可能です。消毒はりんごを食べる人にとっても危険なものですが、農家の人にとっても大変な作業なのです。今年はそんな作業にも参加してみては如何でしょうか。それでは、2003年も大豊作の年でありますように。
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形は小さいが美味かったスイカ

ズッキーニさん、今年は新しい料理に挑戦するね

暑い夏はゴーヤ料理が一番

最近は、全く生まなくなった烏骨鶏の玉子

秋の味覚のじごぼうとアケビ

シイタケ農家の大西家から戴いた「どんこ」の原木。楽しみが増えました

搾り槽から流れ出る醤油。琥珀色のかがやきです
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味噌作りのお知らせ
 2003年の味噌作りを次の通りに行います。大勢の皆さんのご参加を歓迎します。
 日 時:2003年4月13日(日)朝より
 場 所:ビオトープ駐車場
 尚、日時は変更することもありますので必ずご確認ください。また大豆を洗う、設営、大豆を煮る等の準備は前日に行います。
 味噌作りに参加されたい方はビオトープまでご連絡ください。
手造り醤油について
 2003年度の手造り醤油を次のようなスケジュール(予定)で行います。
●モロミの仕込み:4月頃の予定
 今年は丸大豆醤油に挑戦します。
●醤油の搾り:10月中旬〜12月の一日間
 尚、仕込みから搾りまでの期間、一ヶ月に一度モロミの天地返しを行います。
 手造り醤油の作業に参加されてみたい方はビオトープまでご連絡ください。
 
発行:ふるさとハウス・ビオトープ
編集:丸田真里子
〒381−3304 長野県上水内郡小川村大字瀬戸川(成就)字酒盛場909
tel.026-269-3675 fax.026-269-3991
E-mail biotop@gem.hi-ho.ne.jp
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