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椎茸のはなし(2005.12.6付・長野市民新聞「善光寺平」掲載・丸田 勉)
理由(わけ)あって時々自炊する。この「わけあって」という言葉は聞く方にしてみれば興味深く、ぞくぞくする。
しかしながら、今日の話は理由(わけ)のことではない。椎茸のはなしである。
あるスーパーで食料品を物色していると、わんさと積み上げられた干し椎茸の袋の山に出会った。かなりな大袋なのに200円以下。「安物買いの銭失い」の私の目が留まったことは言うまでもない。
とっさに、干し椎茸の浸し水を毎日飲んで血圧を下げた人の話を思い出す。大袋を手にとると案の定、中国産だった。
私の友人に原木にこだわって椎茸を栽培している男がいる。時々肉厚の大きな椎茸をもらって食べるが圧巻だ。そんな彼の顔が目の前にチラついて、「顔の見えない生産者の椎茸は怖いな」なんて思って袋を戻して、後ろ髪引かれながらもその場を去る。
一度思いつくとどうしても実行したくなる悪い癖が私にはあって、無性に椎茸の浸し水を飲んでみたくなった。
干し物のコーナーに行くと小さな袋に入って300円という奴があった。まあ、国産ならいいだろうと籠に入れた。
帰って良く見たらなんと中国産だった。デカ袋なのに200円以下、それに比べチビ袋の300円はきっと国産だと浅はかにも思い込んでしまったのだ。
私の師匠の訓示を思い出した。『人間をだめにする3要素は習慣・諦め・思い込み』
買ってしまったものは仕様がない。椎茸を水に漬けながらしみじみ自省した。
パキスタンと靖国神社(2005.10付・長野市民新聞「善光寺平」掲載・丸田 勉)
パキスタンの地震による被害状況が報道されている。たまたま見たテレビでテントが欲しいという悲痛な叫びを聞いた。ようやく日本の自衛隊はヘリコプターを2機送り込むという報道も耳にした。
ヘリコプター2機なんてけちなこと言っていないで、自衛隊員は災害救助として大挙して乗り込めばいいのにと思ってしまうのは、不謹慎で身勝手な想いだろうか?
「私的な参拝だ」なんて言って私的なことを優先しているから、中国、韓国から抗議が来るのであって、靖国神社に「私的」な参拝をする前に、「公的」な海外救助に乗り出したら、尊敬されることはあっても非難されることはないだろう。
他国の、とりわけアメリカの出方を気にしてウロウロする前に、いち早くイラク駐留の自衛隊をパキスタンに移動させて、人命救助の姿を諸外国に見せ付けたら、日本に対する世界の見方も多少変わるかもしれない。日本の総理にはそんなパフォーマンスをしてもらいたいものだ。
総選挙で刺客を送り込むとか、「心の問題で、年に一度の私的な参拝」などと感傷ぶったパフォーマンスを国内向けに演じるだけの内弁慶でなく、誰よりも早く、何処よりも大きなスケールでパキスタンに救助隊を送り込む、そんな勇気あるパフォーマンスはできないものでしょうか?小泉さん。(マルタ・ベン)
偽物の横行(2005.10付・長野市民新聞「こだま」掲載・丸田 勉)
年に一度、私は昔の映画仲間と会って一夜を過ごすことが慣わしとなっている。
昨年は私が会場を設定する役で、白骨温泉に宿を取った。翌日、上高地などを散策して家に帰り吃驚、なんと白骨温泉の入浴剤問題が報じられていた。
よりによって…とタイミングの悪さを嘆いた。宿の内容もチョッと当てが外れて恐縮していたから、小生には泣きっ面に蜂だった。
今年は草津の先、六合村の応徳温泉が会場となった。
集合時間までに間があったので、私たち夫婦は草津で蕎麦を食べることにした。
「そば粉十割、手打ち、生そば」の看板に誘われて店に入ってざる蕎麦を注文した。
運ばれてきた蕎麦を見て我が目を疑った。これが手打ちかい?
いつものように汁も付けずに食べる。今度は我が舌を疑った。これが手打ちかい?
そばの風味のかけらも無いざる蕎麦を食べさせられたことも腹立たしかったが、看板に偽りのあることが気に入らなかった。
そこで相棒の制止を振り切って、お姉さんに尋ねてみた。「これ、本当に手打ちかい?」間髪いれずに答えが返ってきた。「手打ちでーす」
ある人は、観光地で手打ちを要求する方が無理さ…と言う。「草津はそうなんです。困ったものです」と周知の事実を明かす人もいる。
観光地の一見さん相手の商売は嘘をついても営業できてしまうのだろう。
気になったから、翌日、手打ちそばと表記された別のそば店に入ってみた。期待したけれど、形も味も同じようなものだった。
百歩譲って、手打ちだと豪語するならそれでよい。だが、美味くないことは確かだ。
家に帰って新聞に目を通すと、「ガンに効くと違反広告・アガリクス本、6人逮捕、患者体験談も架空」という見出しが目にはいった。
偽物が横行する世の中、騙すあなたが悪いのか、騙される私が悪いのか?
火の車選挙(2005.9.6付・長野市民新聞掲載・丸田 勉)
いよいよ衆議院の選挙戦が始まった。私はあまりテレビを見ていないから、小泉劇場を初めとする各党のお芝居で、キャストが演じる際の鼻息や垣間見せる傲慢な表情を肌で感じていない。そうした者が、新聞記事としての「各党首一声」や、「候補者の演説要旨」を読むと、みんな結構まともなことを言っていて、選べという方が難しい。
だったらどうする? そうだ、逆に、言わないことを視てみる必要もありそうだが、この情報を得るのはなかなか困難だ。しかし、その努力は必要だ。
直感もいい。だが、「直感には養分が必要だ」と言う言葉もあるくらいで、それこそ日頃の努力がものをいう。
二宮尊徳は「火の車 造る大工はなけれども おのが造りて おのが乗りゆく」と道歌に詠んでいる。
火の車とは一般に経営が悪い状態を言う。神社仏閣を造っても火の車を造る大工はいませんよ。誰のせいでもない。 経営の悪いのも自分のせいですよ、と言うわけだ。この尊徳の言葉は政治についても言えそうだ。
それにしても小泉首相の最近の言動は、戦前の独裁傾向を彷彿させる。
戦争という車を造る大工はいない。創るのは己の一票である。
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白鼻心(2005.8.8付・長野市民新聞掲載・丸田 勉)
いやはや、参った参った。参った狸は目でわかる・・・とか何とかおっしゃいますが、今回は狸ではなくて白鼻心(ハクビシン)。白鼻心はジャコウネコ科の一種。顔の真ん中に鼻すじを描いたような白い線が目立つことからこの名がつけられたそうであります。
その白鼻心がどうしたかって? よく聞いてくださいました。実は、かつてこの誌面でも紹介いたしました小生の畑の話。勘のいい読者諸氏はもうお分かりですな。そう、やられてしまったのですよ。
マ ルチを使わなくとも今年の旱魃にやっとのことで耐えた我が愛しの野菜たちが、雨を得てようやく実り始めた矢先、一晩で見事に食い荒らされていたのでございます。あまりの惨状に我が目を疑い、もう一日早く金網を巡らせておけばなんて、もともとそんな気がないのに悔やんでみる愚かさよ。
モロコシは倒れずして実だけがきれいに食されて、全滅。拳ほどの大きさから、生まれたばかりの赤ちゃんの頭級にまで育ったスイカも一つ残らずかじられ、食べごろのキュウリ、トマト、ナス、ズッキーニもことごとく食い荒らされて、その残骸が畑一面に散らばって、まさに災害の爪跡といった様相。なぜ白鼻心の仕業かって? トウモロコシを倒さないで食し、トマトまで食べるのは白鼻心に違いないとは古老の見立て。大枚叩いて防御策を講じる気はさらさらないから、ため息して諦めていられるのも、これでは野菜は買った方が安上がりと嘯いていていられるのも、自家用野菜だからですな。
野菜の栽培を業としている人たちにとってはまさに死活問題です。経費がかかるなどと言ってはおれず対策を講じなければならない。知人のりんごの木2本が白鼻心にやられ、長野市鬼無里では猿が野菜畑を荒らしている。「野生動物から実を守る」苦労の割には野菜の値段が安い。安いことはいいことかも知れないが、「農業で身を守る」ことは難しくなる一方だ。(マルタ・ベン)
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文化が狙われている(2005.7.12付・長野市民新聞掲載・丸田 勉)
この春、わが村では立続けに2箇所の仏像(計6体)が盗まれた。
1箇所はオリンピック道路(県道)沿いの高台にある観音堂。もう一つは信濃32番札所の西照寺である。いずれも無人ではある。
以前から、賽銭箱が壊されて中の金が盗まれたという話は枚挙に暇がなく、私も被害を受けた一人だが、仏様まで盗む人が続出するようになっては、「世も末か?」なんてついつい真面目な物言いになってしまう。
この社会現象には多分に原因があると思っている。
テレビである。「○○鑑定団」とかいう番組があって、一度だけ私も見たことがある。お宝に値段をつけて一喜一憂して馬鹿騒ぎしているあの番組だ。
番組が始まって以来、土蔵が狙われるようになった。骨董を探すよそ者が村中を徘徊するようになった。
中には二人連れでビデオカメラを持ち、取材を装って土蔵に入れてもらって撮影し、後日改めて盗みに入るといった輩もいるようだ。
その原因の総てをテレビ番組のせいにしているわけではないが、古物の価値を総て金に換算するような風潮を生み出し、それに拍車をかけているという事実は否めない。
やがて、過去のほのかな思い出までも、「いくらになる?」なんて値踏みされるような世の中になるのだろうか?
金至上主義の世の中は、視聴率至上主義のテレビ界を生み、それがまた金至上主義となった日本に拍車をかけている。
テレビ界ばかりではない。子供をターゲットにしたテレビゲーム、出版界など、ただ売れて儲けさえすればよしとする 企業活動の結果がどうなるか、企業家はその「公」の部分を考えているだろうか?
盗まれて無くなったのは仏像だが、その陰には哲学を失った日本があるような気がする。
経済にも哲学が必要だ。この頃つくづく思う。
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こだわり(2005.6.30付・長野市民新聞「善光寺平」掲載)
周りを見回すと、最近の野菜作りは黒マルチを使うようになっている。畑に堆肥を入れ、耕し、畝上げをしてその上に120cmほどの薄い黒ビニールを敷き詰め、その周囲に土を被せて留める。その後、ビニールに穴を開けて苗を植えたり、種を撒くのだが、こうしておくと水分の持ちもよく、その上、草も出ないから除草の手間も省ける。苗の生長も早い。一石三鳥ぐらいの効果がある。
10年ほど前に私も一度やってみたことがあるが、使ったビニールの処理に困ってやめた。今は有料で農協が引き取ってくれるが、結局はどこかで焼却処分をしているはずである。
使い捨ての石油製品であり、その上リサイクルはほとんど不可能で「ごみ」となるのであるから、「自然にやさしい農業」を標榜するなら、マルチを使うべきでないと思っている。そんな「宣言」をしているわけではないが、私は頑なにマルチを使わないことにしている。使わなくたって野菜はできる。人様のように立派なものはできないが、家庭用なら十分だ。
ところが今年の旱魃には参った。例年にも増して堆肥を十分入れたのに、雨が降らなければ元も子もない。マルチを使わない畑の弱点が顕著に出そうな按配である。
天よ、マルチを使わない野菜作りを助けたまえ。雨、雨、雨…。(この文章を書いた翌日から、待望の雨が降り始めた。感謝) マルタベン
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デジタルテレビ放送開始に思う(2005.6.18付・長野市民新聞「善光寺平」掲載)
2001年、政府が一体となってIT戦略本部を設置し、2005年までに世界最先端のIT国家となることを目標とした「e−Japan戦略」を策定した。その結果、ブロードバンドは世界一の安さと速さを誇り、2004年6月には1619万の実加入を達成し、今や世界最先端レベルのインフラを実現してしまったそうだ。
IT国家は便利な生活を約束するかもしれないが、国民を幸せにするとは限らない。
にもかかわらず、その次は「u−Japan構想」なるものを提示して、止まるところを知らない。
さて、長野県でも2006年10月には、民放の地上デジタルテレビ放送が始まるそうである。そして2011年には今のアナログ放送は姿を消してしまう。大変換である。効率と経済優先の政府主導であるから、どこかきな臭く感じてしまうのは、私がへそ曲がりなせいかもしれない。
民放各局は1社40〜50億円もかけて対応しなくてはならないそうだが、やめるわけにはいかないようだ。今でさえ番組制作費が少なくて質の低下をきたしているのに、これでまた一段とソフトにかける金は少なくなるだろう。
確かに映像はきれいになるが、内容がお粗末になるのは国民にとって不幸なことではあるまいか。そしてテレビという粗大ごみが巷にあふれ出す。へそ曲がり者の杞憂であって欲しいと願う。(マルタ・ベン)
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宣言ごっこの裏側(2005・長野市民新聞掲載・丸田 勉)
「この○○は再生紙を使っています」こんな文句が印刷されているものを、度々見かける。
へそ曲がりな私は「だからどうだっていうの?」とその言葉を見るたびに思う。小さな名刺にまでそんなことが書かれていては、もう勘弁してよと叫びたくなる。
誰がいつそんなことを明記するようになったか定かでないが、環境云々が叫ばれ始めて、再生紙が循環型の社会の模範を意味するようになったとき、それを誇りと思った方が宣言したのであろう。「再生紙を使っています。ですから私は環境に気を配っています」と。
再生紙の普及を願うなら、「再生紙を使いましょう」と呼掛け調でいい。
「私は自分のことなんかこれっぽっちも考えていない。国民のために働いているんだ」と熱っぽく語る政治家ほど、そうでない方が多いものだ。時として言葉は「事実」でなく「希望」や「隠蔽」であることが多い昨今、そんな自分の本性を隠すためかどうか、やたらと宣言したがる人が多い。
「環境に配慮した生活をしていますか」と詰問されたら、残念ながら私は「いいえ」と答えるしかない。ごみの分別を励行したって、野焼きをやめたって、私は自動車に乗っている。乗らざるをえない生活をしてしまっている。化石燃料をバンバン燃やして排気ガスを振りまいて移動している。
全地球上の自動車の排気ガスや企業活動における二酸化炭素排出量に比べれば、多くのことが些細なことに見えてくる。こんなことを言うと、「小さなことから始めることが必要なのよ」と反発とお叱りを受けるだろうが、それでもあえて言わせてもらえば、化石燃料を使わない自動車が開発されても、たとえそれが環境に悪くないと分かっても、すぐには「はい、そうですか」とはならないであろうということだ。化石燃料産業に多大な恩恵をこうむっている人がいるし、それは、多くの人々が従事している大産業なのである。
このように、環境よりも産業・経済が大事とする社会の風潮が変わらない限りなかなか解決できない事柄も多い。本当に環境が大事とおもえば、人々はたとえ値段が高くても環境に悪くない自動車を買うだろうし、政府も補助金を出してまで買わせるだろう。そうしない社会が厳然としてあるのだ。悲しいかな、私もその一員を脱していない。
容器包装リサイクル法で、様々なマークが付き始めた。と同時にあたかも環境に配慮したような宣伝文句が商品に記されるようになった。しかし、それを免罪符として、「実はどんなことが見過ごされているか」、また「あえて宣言する裏に何があるのか」、そんなことにも注意を向けたいものだ。そして、環境問題への取り組みも「井蛙(せいあ)の見」にならぬよう、気をつけたいものだ。(マルタ・ベン)
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二人の「富永」展(2005.4.25付・長野市民新聞掲載・丸田 勉)
二人とは、冨永房枝さんと富永一朗さんのことである。同じ富永でも前者は点のない「冨」で後者は点のある「富」である。
風子こと冨永房枝さんとは長い付き合いで、この「こだま」の執筆者でもある内山二郎氏共々、彼女の「男」を自任しており、彼女に言わせれば、内山氏が父で私は兄。私たち親子は冨永房枝さんの詩集出版から、今日まで15年間余り付き合わせていただいている。
その間、彼女は時として詩人であったり、キーボードの演奏者であったり、役者であったり、そして今度は絵足紙作家・・・と豹変し、その才能を遺憾なく発揮してきたが、ただ変わらなかったのが、体に障害を持っているという事実である。
私はこの度、父から絵手紙展の総合プロデューサーを命じられ、現在仲間たちとその準備に忙しい。彼女の場合は絵手紙ではなく、足で描くから「絵足紙」とした。
「風子の絵足紙キャラバン・出発展」と題して大門町のちょっ蔵おいらい館で4月27日より2週間開催される。葉書に描かれたものは一つもなく、ほとんどが大きな和紙に描かれていて、大きいものは畳2枚ほどの作品もある。挿入された文章ともども美味圧巻である。
さて、もう一人の富永さんの作品とは、我が小川村に4月23日にオープンする小川村郷土歴史館「ふるさとらんど小川」の開館記念企画展で出会うことができる。
あるご縁で富永一朗さんの最近作30点余りを小川村に寄贈いただいた。現在、目と体が不自由になり来館は不可能とのことで残念だが、色鉛筆だけで書き上げられた緻密な作品は、おっぱいとお姉ちゃんの富永漫画のイメージからは遠く、狸と狐をモチーフにした作品群はほのぼのとしており、山里小川村に相応しい。
両富永さんの個展に関わらせて頂いて、連休はたぬき腹を抱えて長野に出没したり小川村に帰ったりで忙しくなりそうだ。御来場を乞う。
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雪の日のこと(2005.1.25付・長野市民新聞掲載・丸田 勉)
隔週の火曜日、私は村の一人暮らし老人対象の配食サービスボランティアをしている。月にたった2度か3度のことだが、公用で休むことも多いから、「かえって迷惑だね」とやめようとすると、「丸田さんを待ってる人もいるのよ」なんて社協の担当者におだてられて、いまだに続けている。
先日は大変な雪だった。県道など大通りの除雪が遅れていても、一人暮らしのおばあちゃんたちの家までの支線はちゃんと除雪がされていて、わが村のことながら感激してしまった。
長野の惨状を見ていたから余計に感じ入ってしまったのだが、天の邪鬼の私はすぐに《小川村の住民は、行政による除雪は当たり前と思っているかもしれないな》とハタと心配になった。
各々が自分の家の前を黙々と雪かきをしていた長野市民の姿が新鮮に思えた。
配達最後の道は、残念ながらまだ未除雪で四輪駆動車でも歯が立たなかった。
高血圧症には丁度良い運動だと自らを鼓舞して、降りしきる雪の中、6〜7百メートル先の家をめがけて山道を歩き始めた。
おばあちゃんは玄関前で待っていて、私の姿を見るなり、「もうしわけねえ、こんな雪だから、今日は断ればよかった。ほんとにもうしわけねえ」と目は涙ぐみ、声は今にも泣き出しそうに上ずっていた。おばあちゃんにそんな気遣いをさせてしまったことを私も悔やみ、元旦の日の同じような情景を思い出した。
別に頼まれたわけではなかったが、仲間と一緒に近所の家の周囲を除雪した時も、歩くのもやっとなおばあちゃんから「どこの誰かは知りませぬが、こんなことまでしてもろうて」と泣かれた。
帰路、《さっきの心配は杞憂かも知れないな》と思いながら、約束の時間がとうに過ぎていた診療所へと急いだ。脈は速かったが血圧は下がっていて看護士さんに褒められた。感謝。
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大小様々(2004.10.26付・長野市民新聞掲載・丸田 勉)
本紙「こだま」の執筆をさせていただいて早いもので三年になる。
最近は二ヶ月に一回ぐらいだから、いざ書くとなると、いろいろあって、あのことかこのことかと悩む。今回は悩まないであれこれ書いてしまおう。
市町村合併については何度か書かせていただいたが、最近は合併協議会を経た後でも、崩れていくケースが目立つようになった。こうした傾向に対して、合併を強制する国はどう出てくるか?時代が変化しつつあることを理解するのか?それとも圧力を増してくるか。
因みに私が住む小川村も三町村の合併の是非を問う住民投票を行うことになった。流れに乗るか、踏み止まるか、歴史の大きな分かれ道である。
もちろん私は「小さきことは有難きかな」と感謝する日を待ち望んでいる。
以前「気楽にやるさえ・・・でもなあ」の著者、鎌倉剛一氏を紹介させていただいたが、この二十三日、一周忌を迎えた。
村が小さくあるためには鎌倉さんのような大物がいてくれたらとつくづく思う。人口が少ないということは人材も少ないということだが、この辺をどうカバーしていくかが「自立」に問われるところである。
そんな折、風子こと冨永房枝さんが母親と訪ねてくれた。母子のことも以前紹介させていただいたが、私が被っている派手な帽子をプレゼントしてくれた二人である。
今度はハイビスカスを描いた大きな絵を持ってきてくれた。縦横1m90cmもあって、自分の家には置けないから、我が家(ふるさとハウス・ビオトープという民宿です)に置いてくれという大作で、彼女が足で描いたものである。
迫力満点で、ついつい調子に乗って「大きいことはいいことだ」なんて口ずさんでしまいそうだが、ちょっと待て。小さな絵ならどんな家にも飾れる(適応できる)ではないか。
小さい方がいいことだってあるよね。
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●頭より身体を使え!(2004.7.27付・長野市民新聞掲載・丸田 勉)
朝から眠そうで積極的に遊ぼうとしない子や、落ち着きのない子が目に付くと、幼稚園や保育園の現場の保育士から声があがっているようだ。
小・中学校の子供たちを見るにつけても、目に輝きのない子供たちが多くなった気がする。
最近、「柳沢運動プログラム」なるものの存在を知った。松本短期大学の柳沢先生が考案した、楽しい遊びを通して子供たちが基本的な運動能力を身に付けるためのプログラムである。
現代は外で遊ぶ子供も少なくなり、家の中に閉じこもりテレビゲームに興じている。この環境の変化は子供たちの体から「運動能力」を失わせ、脳の生きる力も奪っている・・と柳沢先生は指摘する。
私も同感である。脳は8歳までに90%が作られ、基本的な能力が出来上がってしまうという。この時期に大脳を育て活性化させるのは、英語を覚えることでもなく、算数の問題を解くことでもなく、体を動かすこと、運動することなのである。
体を動かすことは総て脳の指令であり、体が受けた刺激は脳を刺激する。健全な脳は体を動かすことによって成長すると私は直感的に信じている。
当てにならない私の直感に頼らずとも、「日本と中国の子どもの体学術調査団」の調査では、運動不足とコミュニケーションの不足が、子供の大脳の発達の遅れに影響しているという結果が出たという。
解剖学者の養老孟司さんも「脳の訓練の半分は体を動かす訓練」と言い、脳ばかりを意識して、「身体」をないがしろにしている現代に警告を発している。
脳を訓練するということは、いわゆる「頭を良くする」ということではない。人間としての本来の脳の発達を促すということなのだ。
柳沢運動プログラムを実施した子供たちは明らかに集中力・注意力が増し抑制力が向上しているという。
脳の成長は心の成長でもあるのだ。
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●自己責任とは?(2004.5.4付・長野市民新聞掲載・丸田 勉)
最近、またまた日本人て嫌だなァと思うことがいくつかあった。一つはイラクの人質事件にまつわる諸々のこと。人質が開放されるや否や、政府が急転直下で人質の3人を非難し始めると、待ってましたとばかりにその尻馬に乗って弓矢を射る人々。正義感ぶって「人に迷惑」「税金の無駄遣い」挙句の果てに「自己責任」。
いい機会だから自己責任という意味をしっかりと考えてみよう。
よく言われる「自己決定・自己責任・自己負担」の自己責任は、自己決定したことに対して責任をとりなさい。平たく言えば、あなたが自分で決めたことはあなたの責任ですよ。決して他人のせいにしてはいけませんよ・・・ということなのだと思っている。
人質になった3人がイラクで流れ弾にあたって死のうが、人質になろうが、イラクに行くという決定をした自分に責任があるということで、他人のせいではないよということなのだ。
だから、人質の3人が、「私たちがこうなったのは○○のせいよ」と言った時に初めて、「そりゃ、違うだろう、おまえの責任だろう」ということで「自己責任」を問うことができるのであって、「社会に迷惑をかけたのだから責任をとれ」というのは「自己責任」を問うということではないのである。それをいうなら「社会的責任」とでもいうのだろう。
そもそも政府は理由はともあれ、「救出する」ことを自己決定し、自己負担したのである。それを恩着せがましく「こんなに人様の手を煩わしたのよ、お金を使ったのよ。あんたたち3人のせいよ」と自己責任云々を公言すること自体、自己責任のなさを露呈しているといえよう。
それにしても、小泉首相と福田官房長官の行間のない物言いは、とても気になる。メール言葉のようなお喋りの氾濫が、全体主義への足音のように聞こえてくるのは私だけだろうか?(年金問題のことも叫びたいが、紙面がない。残念。)
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●バカの壁(2004.2.17付・長野市民新聞掲載・丸田 勉)
書店に「バカの壁」という新書本がうずたかく積まれていた。題名につられて手にとって見る。赤い帯には「朝日・毎日・読売各紙で大絶賛!」とある。これは少しばかり大袈裟な感もあるが、確かに面白かった。いや、面白かったというより、一人でも多くの人が「バカの壁」に気づいてこの本の内容を理解したら、今よりもましな社会ができるかも知れないなあ・・・と期待を抱かせてくれた。
著者の養老孟司さんの専門は解剖学で、脳の面から「バカの壁」を解き明かしていくのだが、平たく言えば、「知りたくないことに耳をかさない態度・傾向」ということのようだ。
団塊の世代である私の大学生時代は、学生運動が盛んだった。私はノンセクトだったが、ノンポリであったわけではない。一元論的なセクト主義にはどうしてもついていけなかったのである。それは、目の前にある課題をセクトの論法ではなく、とても苦しいことだけれど、自分の頭で考えなければならない、という信念に裏打ちされてはいたが、詰まるところ組織人間にはどうしてもなりきれないという私の弱点に過ぎなかったのかもしれない。
しかし、いずれにせよ、一元論者の「バカの壁」は低いほうがよい。最近では、「地方交付税が減らされる、これからは少子高齢化だ、だから合併するしかない」とする一元論が結構幅を利かせている。その中で一元論に組することなく、合併しないで、自らの町村を築いていこうとする首長と住民の気風は、苦しいだろうけれど展望があって、私には魅力的だ。自分たちの頭で考え出さねばならぬそうしたところにこそ、新しい自治は開けるだろう。
「バカの壁」と一緒に、同じ書店で村上龍の「13歳のハローワーク」という厚い本を買ってしまった。世の中の様々な職業を紹介している本だが、何故か気になったのだ。
55歳にしてそんな本を読むなんて、と友人に訝しがられて、相変わらず彷徨っている自分の「バカの壁」に気づき始めた。
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▲国策と報道(未発表・丸田 勉)
東京の友人からメールが入った。イラクにいるK通信のカメラマンH氏からのメールを転送してくれたものであった。そこには次のような内容のことが記されていた。
テロリストがサマワにいる日本の報道陣を狙っているという情報が入り、その対象がK通信と判明。K通信はサマワ臨時支局(民家借用)を撤収してH氏はバクダッドに退去した。
「悔しいのは、この関連記事を本社対策本部が封印したことです。外務省と協議した編集局長が今後の取材便宜について脅しを受け、記事にせず、外務省危険警告記事で終わらせたのです」とH氏は告げている。
サマワには50人程の日本の報道人がいるという。記事差止めはその彼らに警告を発しなかったに等しい行為であり、50人の報道陣の生命を無視した愚挙ではないかと、H氏は訴えていた。
私はそのメールを、報道を業とするIさんに転送した。以前、彼がアフガニスタンを取材していたことを思い出したからだ。
案の定、Iさんはイラクを取材しており、数日後、「今、イラクからヨルダンのアンマンに戻ったところだ」とのメールが入った。
カメラマンのH氏とも顔見知りで、一連のトラブルの時はK通信と一緒のホテルにいたと言う。「お陰で情報を的確に知ることができ、大変助かりました。一緒の現場にいても総ての事情は話してくれませんので・・・」
報道の現場にも秘密がある。生命より大切なものがあるようだ。
Iさんからのメールが届いた日、旭川駐屯地ではイラクに派遣される陸上自衛隊本隊の隊旗授与式が、小泉首相・石破防衛庁長官出席の下に行われ、二日後、自衛隊はクウェートに向かった。
危険な事実を隠蔽して自衛隊を送り出す国策がそこにある。生命より大切なものがあるようだ。
国民の生命を無視した国策。住民の意思を無視して進められる市町村合併。日本の政治の現状だ。希望が持てない2004年の幕開けです。
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