(バック・ナンバー…2001.9〜2001.11)

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●戦争はゲーム?(2001.11.29付)
 刻々と変るアフガニスタンの情勢についてこうしたコーナーでコメントすることは、するものにとって非常に危険な綱渡りである。なぜなら、私の考えていることなんか笑い飛ばすような出来事が、今日、起きているかもしれないからだ。
 そんな危険を顧みず、敢えて記そうとするのは私の直感である。  先日、久しぶりにある書店に立ち寄って吃驚した。店頭に戦争コーナーみたいなスペースがあって、ビンラディン氏の顔写真がずらりと並び、アフガニスタンやアラブ情勢に関する本が所狭しと積み上げられていた。そしてその横には小林よしのり氏の「戦争論」と「戦争論2」が同レベルで並べられていたのには一種異様な感じがした。その上、見たこともないアフガニスタンの地図が積み上げられていたのには、節操のないその商魂に、正直、唖然としてしまった。
 普段の生活の中でアフガニスタンの地図を必要とすることなんかないのだから、明らかに今回の戦争?への興味を満足させるために提供しようというものだろう。
 そういえばもう大分前になるが、NHKでタリバンに対するアメリカの戦術を一生懸命解説していたことがあった。日本の、しかも一般の人たちが戦術を考える必要など全くない筈なのに。マスコミにとってはアフガニスタンやアメリカの惨状も番組や記事のネタでしかなく、日本国民にとって他国の戦争は、頭の中で楽しむゲームなのかもしれない。
 「モラルとは直感です。直感とは明々白々たる体験のことです」とは確かドイツの作家ミヒャエル・エンデ氏の言葉だっただろうか。頭だけで考えようとしている日本の社会にモラルなんか育つわけないよなあ・・・思わず私の直感がつぶやいてしまった。

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●驚きと発見の作品展(2001.10.20付)
 このほど「鬼無里の木遊人・高橋敬造の世界 Mother」(寺島純子著)が出版された。高橋敬造さんは友人でもあり、今回の出版を私は複雑な気持ちで喜んでいる。
 敬造さんは神奈川県の生まれ。木食山居上人が彫ったと言われる山居仏に魅せられて、鬼無里に移り住んだ。かといって仏師でも彫刻家でもない。その辺に転がっている木や根っこの表情を読み取って、独特な発想でその時どきの自らの思いを彫り上げていく。
 敬造さんは作品に価格をつけなかった。人様に売る気は毛頭なかったのだ。「売ってくれって来る人がいるんだよ」と彼は悲しそうに私に言ったことがある。「そんなに欲しけりゃ、勝手に持っていけと言うんだけど」と嘯いていた。
 訪れるたびに、彼はその間に彫り上げた作品の数々を私に見せてくれる。その度毎に私は新鮮な驚きに出会って「うん、これもいい」とは思うが「欲しい」とは一度も言ったことがない。何故か自分だけのものにする気になれないのだ。それは何故だろうかとずっと考えてきた。しかし、このほどようやく分かってきたような気がする。
 彼のノミから生み出された作品群は、女体(それも、捨てられたバツイチが多い)と高橋敬造という男の間に産まれた、まさに子供たちなのである。
 我が子に値段をつける親が何処にいる?まして「お前の子供を売ってくれ」なんてどうして言えようか。
 高橋敬造はやっとそんないとし子を世間にお披露目する気になった。
 出版を記念して10月14日より11月4日まで鬼無里の「もみじ茶屋」で作品展が開かれている。一同に介した400点にも及ぶ子供たちを見ていると、精力家高橋敬造のうめきと叫びが聞こえてくる。圧巻である。

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●農村風景に思う(2001.9.13付)
 小川村の私の家近くに手作りのミニ公園がある。そこからの風景は農山村の趣があって絶景である。
 晴れた日は鹿島槍ヶ岳を中心とした北アルプスの山並みの下方に農村風景が広がり、曇っていてもそれなりで、朝は朝で様々な顔を見せてくれる。
 それぐらいのビュウポイントだからカメラやキャンバスを抱えて訪れる人も増えてきた。中には空き缶を平気で置いていく人もいたり、その場を我が物顔に利用して、「お邪魔様でした。ありがとう」の気持ちもなく去っていく人たちもいる。そんな人たちに接すると、彼らはいったい何のために自然風景を撮影したり、描いているのだろうかと、頭を傾げてしまう。
 風景はただ風景としてそこにあったものではないのである。
 そこに生活する人々が、意識する、しないに関わらず、作り上げ、維持してきているのである。もっと言えば、永い歴史を経て血の滲むような努力で維持されてきた生活(風景)であるのかもしれない。さらに言えばそこに住む人々の財産かもしれない。
 そういう「生活的風景」の中へ土足で踏み込んで写し取り、描き取っていく人々に、頭ごなしに、いけませんとは言いたくはないが、せめてそういうことにも思いを馳せていただきたいものである。  風景の奥に潜む歴史と暮らしが垣間見えたとき、カメラマンはいつもと一味違ったワンショットを手に入れることができるかもしれない。
 かつて私も「風」であった頃、トタン屋根の農家を見て、「茅葺屋根だったらなァ」なんて身勝手に思ったりしたものだが、この地に20年余り暮らすようになって、ちょっぴり「土」になりかけた今日では、茅葺の屋根を見て、「大変だろうなァ」と維持している農家の苦労に思いを馳せてしまう。

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