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●私はねずみ?
正式なHPを立ち上げて早一ヶ月が過ぎようとしている。真里子さんは毎日トップページのカウンターを調べては一喜一憂し、カレンダーの隅にその数を記録している。
しかしまだ検索エンジンに登録してないから、訪問者の数は急激に多くなることはない。検索エンジンのこともやっと勉強し始めて、ロボット型検索エンジンにかかりやすくするHPのつくり方があることを学んだり、なかなか大変である。今回のバージョンでいよいよ登録しようと思っている。
20世紀から引き継いだ忙しなさは、依然続いている。やることだらけの毎日で、地域の役職も六つを数える。そして今年から、りんごの木を13本も引き受けてしまった。まあ、これらをこなすには、自分の欲望を抑えてテレビをみる時間や寝る時間などを振り向けたりすれば、何とかしのげるかもしれない。問題は、気持ちの変化である。気だけが焦ってしまうことで、気が小さく、心臓も小さな私はてきめんである。そういえばこの冬、一度も燻製をしなかった。それをする心のゆとりが無かったのである。
ゆったりとした時を過ごすために訪れてくださるお客様に、迎えるこちらがこんな状態では、甚だ無礼千万で、申し訳なく思っている。演技でもいいから、余裕とゆとりを見せたいところだが、こちらがその気でも、顔が、表情が、嘘をついてくれないので困っている。
かつて「ゾウの時間、ネズミの時間」という本を手にしたことがあるが、この度その図解版を見る機会を得た。
人間の心臓は一分間に60〜70回うつ。ハツカネズミは600回。ゾウは30回だという。呼吸にしても一呼吸の時間がハツカネズミは0.4秒、ゾウは8秒。両方ともネズミとゾウの間には20倍という開きがある。
話を心臓に戻そう。ハツカネズミは一回の「ドキン」に0.1秒。ゾウは2秒かかる。動物のこの時間はだいたい体重に比例しているという。さて、様々な動物の寿命をこの一回の「ドキン」にかかる時間で割ると、答えは皆同じだという。(寿命はその動物の平均寿命と考えてのことですが)一生の間に動物の心臓は一様に15億回うつことになるという。絶対的な時間としての寿命は違っても、心臓が一回うつ時間を基準にすれば、それぞれの動物が15億回分生きることになるから、ネズミもゾウも同じだけ生きているといえるのかもしれない。小さい動物は短い一生を全速力で駆け抜けて、大きい動物はゆっくりのんびり生きていく。短くても長くても、一生を生き抜いた感想は案外同じかもしれないというわけだ。
人間の寿命は80年近くなって、人生僅か50年といわれた時代からすれば、1.5倍以上にはなった。ここで、私はハタと考えてしまった。一回の「ドキン」の時間が長くなってきたのだろうか。もし、そうではないとすると、いったいどういうことになるのだろうか。
動物の一生は、15億回の心臓の音を聞いて永遠の眠りにつくように創造主が定めたとしても、現代の人間はそれ以上の心臓の音を聞くことになってきたようだ。だからきっと、昔の人より今の人の方が、忙しく生きていると感じているのかもしれない。
いや、まて、ひょっとしたら人間が忙しくなってしまったから、創造主が不憫に思って寿命を延ばしてくれたのかもしれない。もしそれなら、その分ゆったり、のんびり生きていかねばならないのだが・・・・。
私はネズミのように生きているのかなとも思ったりするが、もう50年も過ぎたのだから、「短い一生を全速力で駆け抜ける・・」などという形容詞もつけてもらえないだろう。
ちなみに、私はネズミ年で、真里子さんはネズミが大嫌いである。
2001年4月1日 丸田 勉
次回をお楽しみに…
※バック・ナンバーを読む
2001.3.1 2001.6.28 2002.1.1 2001.9〜2001.11(市民新聞掲載)
2002.1〜2002.12(市民新聞掲載) 2002.12〜2003.11(市民新聞掲載)
2004.2.17〜2005.12.6(市民新聞掲載)
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